Lokahi-a-kulike 

助け合いから生まれる調和、その世界のために。

ちょっとしたお勧めのワーク

ちょっとしたワークを紹介します。

 

質問

あなたが一番嫌いな人物を想像してください。

実在、架空、どちらでもOKです。

あなたはその人物がどのような存在だから嫌いなのでしょうか?

 

1.その人物を一文で表してください

2.単語で表現してください

上記のワークを踏まえて

3.その大嫌いな存在を感じたた時、あなたは相手に何を言いたいか?

 

このワークから分かることは

1→自分がしたいけど現実的には出来ていない事

2→受け入れる必要がある事柄

3→1を実現させるために必要な事

注意・1については「書きだした内容の反対」と捉えてください。

 

私の場合

1→「実力が無いのに自己評価の高い人間」

2→「偽物」

3→「人の陣地を荒らすな」「身の程を知れ」

でした。

 

このワークから私自身は自己評価が低いのがここでも分かります。

なかなか自分の実力に見合った評価がいつもできません。

ここ何年もの課題です。

でも、ここを乗り越えて正しい自己評価をしたいとも思っています。

 

私自身、小さいころからずっと偽物の存在に苦しんできました、

本物が常に偽物に負ける(それが一時的な事は分かるんですが、その一時的に負けるのも嫌)のが嫌。

偽物を見ると「正しいこと」を伝えたくなる。

 

私にとって本物とは淀みがない状態、手が加わっておらずありのままの状態です。

反対の偽物は人の手が加わって、あるべき姿から変わってしまった状態です。

私自身の経験上、人が偽物になるからこそ分かる事、も理解しているんです。

自分自身も散々やってきて、理論武装して頭でっかちになった時期もありす

だからこそ感覚の重要性に改めて気づいたわけですし。

 

でも、この偽物になった人のエゴの破壊力の強烈さに、「もう我慢ならん、耐えがたい」と感じている私がいるんです。

多分、偽物の状態にある彼らに真っ向勝負を挑むのは、相手を正したいんじゃなくて

自分の身の守り方だったんだと分かりました。

長年、偽物のエゴに負け続けてきた私だったので、偽物を征服したかったんだと思います。

そして本物が勝つんだってことを身を持って経験したかった。

そして、ずっと偽物に負け続けてきたから、私は自分を正しく評価できなかった(勝ってないので)

 

でも、自分の実力を正しく評価するには「身の程を知れ」「人の陣地を荒らすな」な、わけです。

人は偽物という学びをする時期が必ずある。

だからこそ、かれらの陣地を私が荒らしてはならない訳です。

そして、それぞれが自分がいるべき場所、適材適所にいればいい、私は相手の陣地に土足で踏み込むな、というわけなのです。

 

私自身が成長する上で重要な課題が「偽物を受け入れる」ことになります。

私が今まで何よりも怒りを感じ、排除もしくは正すことに躍起になり

勝ち負けの勝負を常に挑んできた偽物。

 

でも、目の前にいる偽物は、偽物を経験する時期に居るだけで、その人自身が偽物じゃないんですよね。

だからこそ、そもそも偽物の相手と戦う必要なんて全くなかったんです。

 

そして相手が理論武装して私に戦いを挑んでくるのは、私自身が真実で武装して、常に戦闘態勢だったから。

相手が戦いを挑んできたんじゃない、私が常に戦闘態勢だっただけ・・・

偽物と戦うんじゃない、共存すればいい、立場が違うからこそ助け合えばいい、偽物を排除するんじゃない受け入れるんだ、と。

 

ここに気づいた時、なんていうか目からウロコを超えた状態でした。

もう、驚愕というか。

2020年最後の最後で、とんでもなく大きな気づきを得られました。

 

なんてことないワークですが、お時間のある時に試してみられてはいかがでしょうか。

言語化が進んでいないと、ピンとこないワークになる可能性があります。